会社が特許制度を活用するにあたって


このページでは、これから特許制度を利用しようと考えている会社に向けて、留意しておくとよいと思われるトピックスをいくつか挙げて説明しています。


会社が特許を企業活動に導入する際にやるべきこと-知財担当者の任命-

 企業関係者で、このサイトを見るのは特許出願をしたことのない中小企業、ベンチャー企業の社長や社員であることがほとんどでしょうし、会社には知的財産権部といった部署もないと思います。そのような会社が特許制度を活用するために最初にすべきことは、活用の中心を担う知的財産権の担当者を決めることでしょう。特許出願件数の少ない時から知的財産権部のような部署を作る必要はありません。また、最初は兼任でいいでしょう。ベンチャー企業や小規模企業の場合は社長が担当者の一人になるのがベターです。この場合でも期限管理のような雑務があるので、社長の他にも担当者を任命するのが良いでしょう。ここで特許権の担当者でなく、知的財産権の担当者としているのは、商品を保護するためには特許権だけでなく商標権や意匠権など他の知的財産権も併用した方が多面的に保護できてより高い効果が期待できるからです。

 ここで10~20人規模の新商品の開発販売を行うベンチャー企業を想定してみましょう。例えば、私が社長ならこんな感じに担当者を決めます。

 まず、開発部隊のトップかナンバー2に特許と意匠を担当してもらいます。そして、総務担当者の誰かに期限管理を担当してもらい、商標とその他の知的財産権業務は社長が担当します。

 特許・意匠の担当者が主に行う業務は、特許や意匠登録になりそうな発明やデザインを開発メンバーから集めることです。このために開発メンバーから発明をしたら発明提案書を提出してもらうようにすることが良く行われます。ここで一つ問題になるのは、開発メンバーがイメージで考える特許になりそうな発明と、実際に特許になる発明とに乖離があるということです。例えば、後から見るとすごく簡単な思いつきのように感じるけれども、特許性があって単純がゆえに強い特許になりそうな発明ができても、開発メンバーは簡単過ぎて特許にはならないだろうと判断してしまうといった事が考えられます。このようなことを避けるには、開発メンバーにもある程度の特許の知識を習得してもらうことが必要になります。

 そこで例えば、開発メンバーに対して次のような研修をしてみるのはどうでしょう?まず、開発メンバーを5人一組くらいに分けて、グループでディスカッションをして発明を考えてもらいます。そして、その発明に対してグループで協力して先行技術調査をし、特許出願書類の作成から特許出願へと進んでもらいます。さらに、審査請求をして特許庁とやり取りも経験してもらい、特許になるまで、または、拒絶になるまでの過程を経験してもらいます。考える発明は業務と関係のないものとして、特許になったら自分たちの権利にできるようにすると研修のモチベーションが上がるでしょう。重要なのは先行技術調査から特許出願書類中の特許請求の範囲の作成で、ここである程度特許性のある発明の感覚が身につくでしょう。費用を抑えたい場合は審査請求以降をしない選択も可です。この研修では、特許の知識が身に付くだけでなく、特許になる発明を考える際には開発時とは違った視点で商品を見直すことが必要になるので、開発メンバーの開発能力も向上させることができます。

 特許・意匠の担当者の他の業務として、特許侵害を避けたり、開発の方向を決めたりするために、他に業界や他社の特許出願動向をチェックする業務があります。これは、特許調査のやり方を身につけた開発メンバーと分担するのが良いでしょう。他社の特許出願書類を読むことは開発メンバーの業務にも役に立つはずです。さらに、特許・意匠の担当者は、特許出願前の発明を含めて、ノウハウや開発動向などが外部に漏れないようにする秘密管理も行うようにするのがベターです。

 期限管理はリマインダーソフトやカレンダーソフトに期限を入力すれば良いので作業としては簡単です。ですから、例えば特許の期限管理ならば期限管理の担当者と特許の担当者がそれぞれ別々に期限管理をしましょう。一人だけで期限管理をすると入力ミスなどが必ずおきます。ダブルで管理することで期限に関するミスを大きく減らすことができるでしょう。

 社長はそれほど頻繁には無いけれども、経営に直接関係する業務を担当します。 商標は商品名、商品グループ名、商品マーク、会社ロゴマーク等々、会社のブランドを保護するものであり、経営に直接関係するものである一方で、それほ頻度は高くないので社長が担当するのがよいでしょう。

 社長が行うその他の知的財産権業務として、まず、開発部隊から上がってくる発明について、どれを特許出願するのか、いつ特許出願するのか、特許事務所に依頼するか自社で行うか、審査請求はいつ行うか、海外出願はどうするかといったこと決めることです。これらは開発予算や事業スケジュールとの関係で決める必要があるので社長が行うべきでしょう。

 また、特許侵害が発生したときの対応も社長が中心になって行うべきです。特許侵害はそれほど頻繁に発生するものではありませんが、実際に起こった場合に法律事務所と連携して対処することになります。侵害の発生をチェックは、頻繁に発生するものではないので常時監視する必要はないでしょう。開発部隊とともに業界紙やネット検索などをランダムにまたは定期的に行うようにすれば良いでしょう。また、逆に自社が侵害で警告を受けるような場合もあります。この場合も法律事務所と連携して、対処しましょう。

 さらに、他の会社と共同開発するような場合や出資条件として契約を交わすことがありますが、多くの場合、特許を含む知的財産権に関する条項が含まれています。ベンチャー企業の場合は先方から契約書の素案を示される事が多いでしょう。契約書の可否判断は当然社長が行いますが、知的財産権に関する条項が理解できなような場合は時間をおいて特許事務所や法律事務所に相談するようにしましょう。不利な条件になっていることも少なくありません。他にも他社とのライセンス交渉、知的財産権担保による融資交渉なども社長が行うことになるでしょう。

 ここで挙げた担当分担は一例にすぎませんが、どんな業務を行うのかある程度のイメージがつかめたのではないでしょうか?知的財産権を誰がどのように担当するのかについて、特に部署がない会社では雛形や決まりがあるわけではありませんので、上の例も参考に自社にあった形で知的財産権の担当者や業務内容を決めるのが良いでしょう。


特許権を活用するときの障壁-利用発明について-

 「特許権を取ると大儲け?」のページに「特許権者は一定期間、市場において発明を独占できるので経済的利益を手にすることができる」というのは少し短絡的だと書きました。それは市場を独占できても発明自体の需要が無ければ経済的利益は手に出来ないからという理由でしたが、実はもう一つ忘れてはならない問題があります。それは、利用発明の問題です。実は需要のある発明の特許権があっても市場を独占することは容易ではないのです。

 あなたの会社(X社)が画期的な発明Aをして特許権を取得したとしましょう。大変すばらしい発明なので業界紙なんかに取り上げられるかもしれません。一方、その業界紙を見たS社が発明Aに簡単な機構bを組み合わせたものを新たな発明A+bとして特許権を取得しました(進歩性があれば可能です)。この場合、S社の発明A+bはX社の発明Aの利用発明です。利用発明を簡単に説明しておくと、一方の発明を実施すると他方の発明を全部実施することになるがその逆は成立しない場合の一方の発明を他方の発明の利用発明といいます。S社はX社の許可を得なければ自己の発明A+bを実施することはできません。X社は発明Aを実施することはできますが、特許権が成立しているS社の発明A+bは実施することはできません。X社は発明Aは実施できるのだから問題は無いだろうと思いました。

 ところが、X社がいざ発明Aを使用した製品を作ろうとするとどうしても発明A+bを使わなくてはいけないことがわかりました。こうなると、X社はS社から発明A+bの実施の許諾を受ける必要が出てきます。X社がS社に発明A+bの実施許諾を求めると、S社は発明A+bの実施許諾を認めるかわりにX社に発明Aの実施許諾を要求してきました。結局お互いに実施許諾をすることになって交渉はまとまりました(このように互いに特許権の実施許諾を行うことをクロスライセンスといいます)。

 さて、これでめでたしめでたし・・・・。といけばいいのですが、こうなるとS社とX社は対等ですから、互いに自由競争で発明A(もしくはA+b)から得られる利益を獲得していかなければなりません。S社がX社の実力と同じか下ならよいのですが、S社の方が圧倒的に経営資源を持っている場合、発明A(A+b)から得られる利益のほとんどをS社に持っていかれるかもしれません。X社は画期的な発明AをしてS社はずっと簡単な改良発明A+bをしたのにもかかわらず利益の方はほとんどはS社へいってしまうのは何とも不条理な話です。

 実際には発明Aの実施品がS社の発明A+bに引っかかることなんてそうはないと考えるかもしれません。確かに、S社だけが発明Aの改良発明を出願した場合はその通りでしょう。しかし、もし、貴方の発明Aが本当に画期的で大きな市場を生み出す見込みがあるならば、何社もが発明Aの改良発明をいくつも出願してくることになります。そうなると、これら何十何百もの特許権に引っかかる可能性は格段に上がります。よしんば、発明Aの実施品はうまくこれらの特許権に引っかからなくても、あなたが実施品を少し改良して売ろうとしたときには、周りはすべて他社の特許権で押さえられていて改良品は売ることができないということになる場合もあるでしょう。

 また、逆の場合も考えておかなければなりません。つまり、X社の発明が別のK社の特許発明を利用している場合です。この場合はX社の発明に対して特許が成立しても。K社の許諾がなければ貴方は自分の特許発明を実施することはできません。実施契約を結んだりクロスライセンスに持ち込めたりできればよいのですが、それは交渉の結果次第でしょう。また、特許庁に裁定を請求して裁定実施権というものを取得する方法もありますがうまくいくかどうかはケースバイケースです。

 現実に競合する会社が多い製品についてはたくさんの会社同士で製品のあらゆる部分について特許の取り合いが行われています。このような状態になると特許権は市場における独占を実現するためのものという意味合いは少なくなってしまい、クロスライセンス交渉や侵害警告の際に和解に持ち込むための道具としての意味合いが大きくなります。これは本来の特許制度の目的からははずれてしまっていますが、実施を確保するためには特許出願を行わなければならないというような事態は全く特別のものではありません。


特許の観点からみて優位に立てる事業の方向性

 上で述べたように競合する会社が多ければ多いほど、特許権は発明の実施を独占することを保証してくれても、発明を使用した製品の独占実施を必ずしも保証してはくれないということになります。以上のことを考えると、これから創業したり新規事業展開をして特許権で利益を得ようと考える企業としては次のような方向であれば優位に立てる可能性が高くなります。


競合者のいない新たな分野を切り開く

 市場規模の大きな既存の分野には多くの企業が参入していて、それだけ特許権の取り合いも激しいものがあります。新参者がその渦中に飛び込んで戦うのは大変リスクが大きいということは言うまでもありません。一方で新たな分野を切り開けば市場における先行者利益を得ることができ、さらに、特許権で参入障壁を築くことで有利に展開できます。市場規模の大きくないニッチ産業を創出する際には特許を活用できるかどうかは重要な視点となるでしょう。

複合技術はできるだけ避ける

 スマートフォンやブルーレイレコーダーのような複数の技術の塊で出来ている製品は、それだけ特許権を取ることができる部分が多いので競合が生じやすくなり権利関係の調整も大変になります。最初は特許を取得する分野として単純な技術分野を選択した方が楽です。もちろん複合技術で成り立つ製品の一パーツに特化して特許権を取るのはよいでしょう。また複合技術で成り立つ製品であっても古くからあるものであれば基本部分の特許は切れているので、基本的な部分のみを使いながら一部のみ特化して特許を取るという方向も検討する価値はあるでしょう。

特許を取る技術分野を絞る

 特許を意識するようになると、特許になりそうなアイデアをたくさん思いつくようになります。でも、いろいろと特許出願できるアイデアが浮かんだとしても、自社で本当に実施して成功すると思われるアイデアに絞って特許出願をしましょう。その上で、そのアイデアの周辺を固めていくという方法が良いと思います。特許権はいろいろな分野で散点的に取るよりは一つの分野に集中した方が威力を発揮します。経営資源が十分にあるならばいろいろと手を出しても良いでしょうが、そうでないならば出願の無駄になるでしょう。


 特許制度の観点からみると、会社は争いを避けて新たな技術で先行者の利益を享受し、自社独自の領域を構築して、これらを特許権で押さえるという方向を目指すべきであると考えてよいと思います。そして、そのような方向を目指すことは特許制度の目的にも沿うものです。もっとも、これは事業を検討する上での1ファクターに過ぎませんので過度にこだわる必要も無いでしょう。


事業分野のアイデアはすべて特許出願すべき?

 上でも少し書いていますが、思いつくアイデアを何でもかんでも分野を考えず特許出願するのはあまり得策ではありません。自社にとって経営戦略上意味のある技術分野に絞って特許出願を集めるべきです。

 では、絞り込んだ技術分野に関してならすべてのアイデアを特許出願するべきなのでしょうか?予算が有り余っているならばそれもよいでしょうが、通常はそうも行きません。まず、実施する可能性のある発明、業界ににおいて画期的な発明は特許出願するべきでしょう。また、特許法37条に定める出願の単一性の条件に違反することがなければ複数の発明を一つの特許出願に含めることができるので可能な限り出願をまとめると費用の節約になります。

 さらに、権利行使の困難なものは出願を見合わせてもよい場合があります。例えば、工場内で社外の人の目に触れないように行うことができる方法発明は、実際の侵害を発見することが極めて困難で、その証拠をつかむことも難しいことから活用しづらい権利となるでしょう。近年は裁判手続きでは証拠調べが比較的容易になってきていますが裁判を起こす前に証拠をつかむことが難しいことに変わりはありません。

 一方、自社で実施する可能性はほとんど無いが、他社に取られては困る発明(「特許権を活用するときの障壁」に出てくるA+bのような発明)はどうでしょうか。このような発明について他社が特許を取ることを防ぐには一般に次の3つの方法があります。

  1. 先にその発明を特許出願する
  2. 先に特許出願した明細書や図面にその発明を記載する
  3. その発明を世の中に公開する

1については説明するまでもないでしょうから、2と3について少し説明します。

 2と1とはどちらも特許出願をする点において共通しますが、1は特許出願の特許請求の範囲に該当する発明を記載する一方、2は該当する発明を明細書又は図面に記載する点において異なります。このようにするのは、特許請求の範囲に書くと37条に違反する場合や、請求項ごとに課せられる審査請求の費用や特許料を節約する場合です。また、2は後で分割出願をして1の状態にすることもできます。

 例えば、「特許権を活用するときの障壁-利用発明について-」に出てきた発明Aの出願段階で実施形態の検討が十分にできていれば出願時の明細書内にA+bを書いておくことができたと考えられます。そうするとA+bについての他社の特許出願は拡大先願の規定により審査で拒絶査定にすることができたでしょう。このように基本発明の明細書の「実施の形態」等に他社に取られては困る発明を開示しておくことで、後の他社からの特許出願が特許になることを防ぐことができます。

 3のその発明を世の中に公開する方法は、特許出願をしないで発明を公開する方法、又は、審査請求をする予定のない特許出願をして早期公開請求をする方法です。特許権を他社に取られては困る発明を世の中に公開してしまうと新規性がなくなるので他社は特許を受けることができなくなります。特許出願しないで公開する方法としては、発明推進協会が発行する公開技報を利用したり、業界紙などに掲載することで発明を公開するのが良いでしょう。また、インターネット上で公開する方法もありますが、インターネット上で公開した日時を証明するという問題があるので公証制度を利用するなどの工夫が必要になります。特許出願をして早期公開する方法は、後から特許を取ることが必要になった場合でも3年以内であれば審査請求をすることで対応できるというメリットがあります。特許出願をしないで発明を公開すると1年以内であれば新規性喪失の例外の規定を使って特許に切り替えることができないわけではありませんが、こちらはあまりお勧めはしません。

 3の方法の良い点は1と2の方法の場合は出願公開されるまでは明細書に記載した発明と同じ発明についての後願しか排除できませんが、3の方法なら公開した発明に基づく進歩性のない範囲まで他社が特許を取ることを防ぐことができます。一方で、3の方法の問題点として、公開した発明を見て他社が進歩性のある改良発明を特許出願した場合には、これの権利化は防ぐことはできません。つまり、他社に改良発明のヒントを与えてしまうことにもなりかねないことになります。

ノウハウについて

 特許性のある発明で、実施する可能性のあるもの又はすでに実施しているものであっても特許出願をするべきでない場合があります。それはノウハウとして秘密にした方が有利になる場合です。製造方法などで著しい効果があるが製品を見てもその内容がわからないようなものなどはノウハウとして秘密にすることを検討するべきでしょう。この場合に、他社が独自に同じ技術を開発して、これについて特許権を取得してしまう場合があるということに注意しましょう。この場合、先使用権という実施権が認められるので実施を続けることができますが、出願前にその技術を実施していたことを証明しなければなりません。そのためノウハウとして秘密にする技術については公証制度などを利用して、その技術の実施を証明できるように備えておくことが必要になります。


特許出願は早い方がいい?

 同じ発明を別々の人が特許出願している場合は、先に特許出願した人にのみ特許権が与えられますし、他人が同一類似の発明を公開してしまうともうその発明は特許権を取れなくなります。このようなことから特許出願はできるだけ早い方がいいと言われます。

 では、特許出願を遅くするメリットはなにかあるでしょうか?一つは、商品の売れ行きを確認して次の段階に進むかどうかの見極めるために十分な時間を確保できることです。具体的な例を挙げると、特許出願をしてから審査請求をするまでの期間は3年です。もし、商品発表直前に特許出願をしたならば、商品の売れ行きを3年間見てから審査請求に進むかどうかをか決めることができます。一方で、アイデアを思いついてすぐに特許出願をして商品化に2年かかったとすると、売れ行きを確認する期間は1年しかありません。

 もう一つ、期間の縛りがあるのが海外に出願するかどうかの見極めです。一般的には海外への出願は優先権を使いますが、この期限は国内の特許出願から1年です。さらに国際特許出願を利用する場合は期限は2年6か月になります。外国出願は費用がかかりますので売れ行きや市場の反応を見て実際に行うかどうかを決めることが多いと思いますが、早く特許出願をしてしまうと、判断のための期間がほとんどなくなることにもなりかねません。

 特許出願を遅くするもう一つのメリットは特許出願の内容を充実させるための検討時間を増やせることです。最初の発明のアイデアを思いついてから検討する時間があればあるほど特許出願の内容を充実させることができることは想像に難くないでしょう。もちろん国内優先権を使えば、1年の間であれば新たな内容を追加した特許出願を行うことができますが、この場合でもアイデアを思いついたときから最初の特許出願までの時間がより経過しているほうが、より特許出願の内容を充実させることができます。また、費用があれば思いつく度に特許出願をすればよいのですが、最初の特許出願は1年半で公開されてしまうので、それ以降は最初の出願内容に対して進歩性の無い改良発明は特許にすることができません。一方で、同じ特許出願内であれば進歩性の無い改良発明も特許にすることができます。この点でも検討時間はある程度確保するのは悪くない選択です。

 このように特許出願には遅くするメリットもあります。では、いつ特許出願をするのがベストなのでしょうか?それは、確率の問題です。特許出願を遅くしても、同じ発明を他人が特許出願したり、公開したりする確率が低い場合は、遅くする方がベターということになります。しかし、その確率は誰にもわかりません。ただ、経験上、他人の先にされた特許出願が原因で特許出願が拒絶されたり、公開された発明によって新規性がないという理由で特許出願が拒絶されることは、極めてまれです。発明者が思うほど他人が同じような発明を思いつく確率は高くないと考えてよいと思います。ですから、オリジナリティが高い発明は特許出願を遅くしても大丈夫な可能性が高いでしょう。一方、流行している商品を改良するような発明は早めに出願した方がよいかもしれません。いつ特許出願をするかは会社の方針として、どうするかを決めておくのが良いでしょう。


社員の発明は会社のもの?-職務発明について-

 会社の研究開発部署で開発された発明は誰の物でしょうか?会社としては、研究開発職として雇い入れ、給料を支払っている社員が、会社の研究費や施設を使って開発した発明は会社のものと考えるのが当然のように思えます。しかしながら、特許法上は発明は発明をした者つまり社員に特許を受ける権利が与えられます。この発明を会社のものにするためにはそれなりの手続きが必要になるわけですね。

 社員が会社の業務範囲に属する発明を、現在又は過去の職務として発明したものは職務発明と言われます。この職務発明の扱いを定めたものが特許法35条で、会社が特許を活用する場合には必ず抑えておく必要があります。職務発明の取り扱いを簡単にまとめると次のようになります。

  • 職務発明について特許を受ける権利を会社に移転させる方法は、発明者から譲渡証をもらうか、勤務規則・契約で発明と同時に会社に特許を受ける権利が発生するように定める
  • 職務発明の特許を受ける権利を会社に移転させた発明者には、会社から相当の利益を受ける権利が発生する
  • 勤務規則などで相当の利益を定める場合は、会社と社員で協議等を行って妥当なものとすることが必要
  • 相当の利益について定めがなかったり、相当の利益が妥当でない場合は社員と裁判で争うことになる可能性あり
  • 会社に移転することなく職務発明について特許が成立した場合、会社にはこの特許権に対して通常実施権が発生する

 つまり、職務発明を勝手に会社が特許出願してもそれはドロボウ、難しい言葉で言うと冒認出願となって、特許が成立しても、そのことを理由に無効審判で特許は無効にされることも考えられます。そして、正式な手続きを踏んで職務発明を会社が特許出願する場合には、職務発明をした社員に相当の利益を与える必要があるというわけです。相当な利益は会社と社員との協議で決まったものは基本的に妥当なものとされますが、就業規則に定めるにしても会社と社員で議論を十分にすることが必要だったり、結構面倒な法律です。

 多くの会社は相当の利益として、特許出願時に一定額、特許成立時に一定額、実施している発明については売り上げの数%を定めることが多いようです。

 ここで、「知財担当者の任命」の所でも例に挙げた、10~20人規模の新商品の開発販売を行うベンチャー企業で職務発明をどう取り扱うかについて想像してみましょう。私が社長ならこんな風に考えます。

 まず、前提として職務発明の多くは会社に利益をもたらしません。また、職務発明の価値は時間とともに変化します。例えば、他社が職務発明の代替技術を開発したような場合は職務発明の価値は下がるでしょうし、技術革新で職務発明を低コストで実現できるようになった場合には職務発明の価値は上がります。消費者の嗜好の変化も影響するでしょう。ですから、すべての職務発明を一律に取り扱うのはあまり良いことではないように思います。この点から就業規則で職務発明は発明時点で会社に特許を受ける権利が発生するという規定を設けることは見送ります。この規定を設けることのメリットも多いですが、特許関係の予算も多くとれない少人数のベンチャー企業であれば職務発明ごとにどうするかを決める方が会社の利益に沿うでしょう。就業規則には職務発明が完成した場合には報告する義務があることは記載し、特許を受ける権利は原則通り最初は社員にあるという運用をします。

 それぞれの職務発明をどうするかを決めるために、まず、職務発明を評価するための評価委員会のメンバーを決めます。社長や開発のトップ、マーケティングのトップなどが考えられるでしょう。評価委員会で定期的又は不定期で職務発明の価値を評価します。職務発明の企業にとっての価値は、自社製品の特許権による市場の独占、他社へのライセンス契約によるライセンス収入、特許出願や公開による他社の特許の成立を阻止する防衛的価値があります。これらの内のどれかを職務発明が生み出すかどうかを検討して、会社に特許を受ける権利を移転させるかどうかを検討します。なお、移転させない職務発明の特許を受ける権利は社員が保持することになるので、社員は自分で特許権を取ることもできますし、他社に転職してそこで譲渡することできます。しかしながら、このことによって不利益が発生する可能性はそれほどないと考えてよいでしょう。また、数年後職務発明に価値が見出されて、まだ社員が在職しているなら、そのときに職務発明の特許を受ける権利を移転させることもあり得るでしょう。移転させる職務発明をした社員とは面談をして評価と対価を伝えて意見を述べる機会を与えます。この段階ではあまり高額の対価を提示する必要はないでしょう。面談後社員には特許を受ける権利の譲渡証に押印やサインをしてもらいます。

 会社に特許を受ける権利が移転された職務発明は防衛的な価値しかないと判断したものを含めて特許出願をしますが、特許出願時の報酬は無しにします。ものによっては特許出願を遅くするものや、特許出願しないものもあるので移転時の報酬にまとめます。なお、防衛的な価値しかないものについては基本的に自社で特許出願をします。防衛的な価値は実際にどれくらいの効果があるのかは測定のしようがないので、防衛的な価値しかないと判断された職務発明の移転に対する対価は移転時のみとします。

 自社製品に採用された職務発明や他社とのライセンス契約に至った職務発明については、商品販売やライセンス契約締結から1年経過後に報酬を決めます。商品については売り上げ又は利益の数%を、ライセンス契約の場合はライセンス料の数%を報酬として、このパーセントの数字を職務をした社員と面談をして決めます。商品の場合、職務発明自体が商品の主要な部分を構成する場合と、職務発明は商品の付加的な機能のみを構成する場合とで当然に評価は変わるでしょうし、商品が売れた理由としてマーケティングの成果が大きな割合を占めるような場合、報酬は低くなるでしょう。ライセンス料については利益は明確ですので、何%にするかは予め決めておいてもよいでしょう。また、クロスライセンス(相手方企業の特許と自社の特許のライセンスを互いに行う契約)の場合は、もし、職務発明がなかった場合に支払わなければならなかった費用を想定して判断します。なお、自社商品に採用された職務発明の報酬は高く設定するのが良いでしょう。この報酬は職務発明をした社員だけでなく、開発担当者全員の開発意欲を高める目的をもったものと考えて、いくつかの職務発明に関しては、ある程度夢のある金額にするとともに社内に広く伝わるようにして開発意欲を刺激します。

 自社製品に採用された職務発明とライセンス契約に至った職務発明は毎年報酬が発生することになります。このうち、ライセンス契約に至った職務発明については利益の貢献度は明確なのですが、自社製品に採用された職務発明の貢献度は時間経過とともに変わる可能性が高いでしょう。特許は特許出願日から20年間は有効ですが、何年も経過すると職務発明の技術が陳腐なものになったり、他社が代替技術を発明したりして価値が下がることが考えられます。また、何かの拍子に商品の職務発明部分が世の中でブームなってより売り上げに貢献するようなことも想定されるでしょう。ですから、売り上げや利益に応じて発生する報酬に対しては、1年に一度報酬について話し合いを可能とします。ただし、経営側も社員も報酬はそのままで良いと考える場合も多いでしょうから、両者のいずれかが報酬を上げたい又は下げたい場合のみ話し合いをするようにするのが良いでしょう。

 ところで、会社に利益をもたらす創作をする社員は何も職務発明をした社員だけには限られません。新しいプロモーション方法を考えて商品の売り上げ大幅にアップさせた社員、生産ラインを工夫して生産効率を20%アップさせた社員、業務プロセスを効率化するソフトウエアを作った社員、顧客に対する従来にない新しいポイントプログラムで多くの顧客の獲得に貢献した社員等々、様々な創意工夫で会社の利益に貢献してる社員が存在する可能性があります。職務発明の移転に対して対価が必要なのは法律で定められているからですが、職務発明以外の創意工夫に対しては普通は会社は対価を支払うようなことはありません(もちろん勤務査定でボーナスを増やすようなことはあるでしょうが)。

 職務発明をした社員を保護する法律は、大まかに言うと、社員の職務発明による利益の全部又はほとんどを会社のものにしてしまうと社員の発明意欲が低下する恐れがあるので、これを防ぎ、さらに、対価を付与することで発明意欲を活発にして産業の発展に貢献させたいという国の意図に基づくものです。法律では職務発明のみを規定していますが、職務発明以外の創意工夫も創作意欲を高めることは少なくとも会社の発展に大いに役立つものです。非常に高いコミュニケーション能力で圧倒的な営業成績を収める社員や、人の数倍多い作業量で部署の作業効率を高めている社員なんかも会社の利益に貢献しますが、このような利益貢献は社員が辞めるとなくなってしまいます。一方で、創意工夫で会社に利益をもたらす場合は、その社員が辞めても創意工夫自体は会社の無形の財産として残ることになります。にもかかわらず、創作した時点で当たり前のように会社のものになってしまいます。このような社員による創意工夫に対する対価は、法律では定められていませんが職務発明と同様に扱ってよいのではないでしょうか?

 そこで、このような創意工夫をした社員に対しても職務発明と同様に対価を支払うようにします。創意工夫は自薦又は他薦で評価委員会で評価します。評価委員会のメンバーは創意工夫の内容に応じて職務発明のときと多少変わるでしょう。対価は1年ごとに話合いで決めますが、経営側・社員側も報酬は前年ままで良いと考える場合は話合いを行わず、両者のいずれかが報酬を上げたい又は下げたい場合のみ話し合いをするようにします。対価の原資はボーナスの配分を変えたり、役員報酬を当てれば良いでしょう。

 職務発明の扱いは、従業員を雇う会社が特許制度を利用する場合には必ず決めておかなければいけない事項です。一方で労使が納得できるならば、ある程度自由に扱いを決めることができます。従業員の発明をいくつか出願してから慌てて扱いを決めるとややこしいことになるので、もしあなたが特許制度をこれから利用しようと考えている経営者なら、会社の規模や業種などの事情を勘案して自社にとって最も良いと考えられる職務発明の取り扱いを定めてください。


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